プロフィール

 

フットケア 天川

天川 磨寿子(あまかわますこ)です。

私のことについて書いていきます。

私は、大学では、英米文学を学び、

姉妹校があるアメリカのアイオワ州で

1ヶ月、語学研修に行き、

「世界は広い、日本だけを見ないで、

視野を広く持たなくては‥」と刺激を受けました。

卒業後は、
京都府の公立中学校で、2年半、英語講師を務め、

休みの日もクラブに行き、学校と家の往復の日々。

英会話の力不足を痛感し

イギリスのボーンマス市で6ヶ月語学学校に通い、

いろんな国の人と英語を学びました

ホームスティでは、週末ごとにピクニックに連れて行ってもらい、

家族で毎日楽しく夕食を食べ、第2の家族のように過ごしました。

学校が終わると、自分の英語力をさらに試したくて、

働きたかったのですが、就業ビザをとるのがむずかしそうなので、

福祉ボランティアをしようと

老人ホームや市役所の福祉課に

ボランティア募集をしてないか尋ね歩き、

見つかったのが、

肢体不自由者の方の24時間滞在型施設で、

 そこで、そうじ、着替えの手伝い、食事の手伝いなどの

ボランティアをしました。

アメリカやイギリスで感じたことは、

 肌の色、国の歴史、習慣や価値観が

 違っても、人の喜怒哀楽は同じということ

‥どんなとき、うれしくて、

 ‥どんなとき、かなしいか、

それは同じだと感じました。

そして、京都の教員採用試験、
5度目の挑戦で、合格し、

小学校6年生からの夢だった教師となりました。

新任地は京都の北の方で、
ここで計8年間、過ごしました。

冬は毎日雪が降り、
夏は、草刈で、生まれて初めて
一輪車の刈った草をのせて運ぶ。

この8年間で、頭で分かっていた、

「人情」というものを、
日々の生活の中で、肌で学んだのでした。

人情、人情と言葉にせずとも、
何気ない会話や、行動している背中で
見せてくださった。

8年かかって、少しずつ、私に
染み込んだものは、
とても大きかったです。

中学生交換留学のプログラム作成のため、
校長先生、教育委員会の方と

現地に下見に行き、翌年、生徒をつれて、

アメリカへ行きました。

た、転勤した学校でも、交換留学で、

生徒とニュージーランドへ行きました。

最後の2年間は、京都府の研究指定を受け、

英語主任のもとで、「話す・聞く」英語授業作りに取り組み、

研究発表をしたのです。

この授業作りでは、英語主任に支えられながら、

必死について行った2年間でしたが、

京都府で最高の英語の授業スタイルを作れたと思います。

その後、実家近くの中学校に転勤したあと、1年で退職。

教師としての力不足を日々感じ、

子供の頃からの夢であった教師でなくても、

自分の良いところを生かしていける仕事に就こうと

思ったです。

自分が何をしたいのか、何に向いているのか、
答えを見つけるために、
派遣社員として、数か所の職場で働いきました。

行く先々で、そこでしか経験できないもの、
自分にないものを磨く仕事や
人間関係などが待っていて、

とても刺激を受け、吸収できました。

また、京都府の社会人スポーツチームとの
出会いがあり、スタッフとして、

チームで活動をした約4年間。

様々な年代や価値観を持った人と、

1つのことに取り組みながら、

人として、さらに成長できる経験が

たくさんできました。

私自身も、10キロマラソンに取り組み、

途中で、腰やひざを傷めて、体の故障について、

人の気持ちが知るようになりました。

そして2011年5月、ふくらはぎが
むくんで痛いので、自分でケアをしようと
本屋さんで見つけた本で、

フットケアに出会いました。

そこから、あれよ、あれよという間に、
砂鉄が磁石に勝手に吸い寄せられるように、
フットケアの資格を取り、

フットケアを始めるようになりました。

資格を取る前に、
つめ切りやマッサージの練習を
させてくれた友達、

資格を取ってからも
師匠のところに、研修に通うのだけれど、
足のつめ切りを練習するのに、
忙しいなか、モニターになってくださった方々、
モニターさんを何度も何度も見つけてくださった師匠、
その他、たくさんの人が
力を貸して下さったことが、
思い出されます。
フットケアを始めてから、

自分の体に意識を 向けるようになり、

つめ切りと冷え対策で、
本当に元気になって、

 フットケアに出会えて、とてもよかったなと
心から思います。

体が楽だと、こんなに心も軽やかになるんだなあと

分かりました。

それで、今度は、

冷えから来る症状、体調不良でお困りの方に、

このフットケアが届きますように、

願っています。

フットケアとは、

私にとって、自分を大切にすることだったなあと‥

フットケアだけでなく、

アロママッサージや、フェイシャルケアなど、

体をケアをすることは、

自分を大切にすることだなあと‥

私は、本当に体を酷使していました。

教師をしていた頃は、

起きてから寝るまで、緊張しっぱなしで、

体のことを全然気にかけいなかったし、

退職して、派遣社員として働いていたときも、

体のことは、全然かまっていなませんでした。

そのとき、私が思っていたことは、

気持ちさえ、しっかりいれば、病気にはならない。

何でもできる。

自分にとって、大切なことは、

社会人として、一人前に仕事ができることで、

まずは仕事ができるようにならなければ、

自分には価値がない

‥だったんです。

だから、教師をしていたころ、

気分転換に遊びにいくことも大事だなあと

思っていたけど、

疲れていて、そんな時間があったら、

たまってる仕事をしたり、寝たりしたかったし、

派遣社員で働いていたころ、秋から冬の忙しい時期には、

PCの前で、黙々と仕事をしていて、

心配してくれた方が、

「休憩をとったほうがいいよ。」って

何回が声をかけてくださったのに、

それでも仕事をし続けていました。

恥ずかしいけど、

体は、気持ちさえしっかりしていれば、

なんとかなる。

それより、私にとっては、

仕事ができるようになることが、

とても重要だったのです。

仕事さえ、一人前にできたら、

自分には、価値があって、

私は幸せになれると思っていました。

本当にそう思って疑わなかったし、

周りの人が、心配して声をかけてくださっても、

「そんなこと言ったって~。」と、

聞く耳を持っていませんでした。

自分が納得できるところまで、

仕事ができるようになったら、

好きなことをして遊んだらいい

‥みたいな感じだったんです。
でも、そんな生き方は、続きませんでした。

ある時、糸がプツンと切れたように、

何もする気が起きなくなって、

それで、気づいたのでした。

私は、すごく我慢してたんだ。

自分では、我慢してると思ってなかったけど‥

今までは、気力の貯金があったから、

やってこれたけど、

もう、気力の貯金を使い果たしてしまって、

何もやる気が起きないんだって‥

そして、我慢はやめて、

もっと自分を大切にしようと思いました。

けど、自分を大切にするって、

何をしたらいいか全然分からなかったんです。

とりあえず、疲れているときは、寝て、

そして、他にはどうしたらいいか分からず、

相変わらず、忙しい時期には、

仕事中、休憩をとらずにPCに向かっていました。
そしたら、右肩を傷めました。
ある整形外科のお医者さまが、

「原因をはっきり断定することは、

むずかしいけど、

ケガや病気というのは、

これ以上このまま無理したら、

危険ですよというサインだと思います。」

と言われた。

本当だなあと思いました。

それから、フットケアに出会って、

フットケアは楽しくて、

のめりこんで、いろいろしていたら、

体は楽になったし、気持ちも軽くなって、

そうこうしている内に、

自分を大切にする方法に出会いました。

そして、それまでの一番重要だった考え、

「仕事で一人前になること」について、

もっと柔軟に考えられるようになり、

私は変わっていけました。

体のケアは、

自分を大切にすることの1つなんだなと思ったんです。

肩を傷めるという経験がなかったら、

フットケアに出会うこともなく、

あのまま、体を酷使し続けていたかもしれない。

そして、私自身も変わらなかったでしょう。

今は、心と体は繋がっていると、実感しています。

本に、書かれていたことだけど、

自分を大切にすることが大事なのは分かるけど、

具体的にどうしたらいいのか分からないときは、

体のケアから始める。

体のケアなら、何をしようか‥とっかかりやすいし、

体のケアをしているうちに、

自分の気持ちを大切にする方法みたいなことも

見えてくるから‥とあって、

私も、そうだったなと思いました。

フットケアに関わらず、

気持ちいいなあ‥

一度やってみたかったなあ‥

という体のケアを、

どうぞ試していただけたらと思います。